2012年12月29日

お正月モードへ

いよいよもう二つ寝るとお正月です。

と言う事で今日は息子がしめ縄飾り、私が正月用の絵画の展示替えとお花のお正月モードに替えました。
(喪のお宅はしめ縄やお飾りはしないというらしいですが、我が家はお店ですので一応しめ縄や鏡餅などの飾り付は例年通りいたしました。)

玄関には
CIMG9506.JPG
亡き家内が生前作ってくれた正月用の造花です。

白い布を染めて作っています。

玄関入ったところには
CIMG9503.JPG
これも家内が作ってくれた造花です

カウンターには
CIMG9498.JPGこれは買ったカトレアです

CIMG9500.JPG家内が作った正月用の造花

一階のお座敷には小倉遊亀の『佳器』を飾りました。
お花はこれも全て造花ですが一部購入したものがありますがほとんど家内が作りました。
水仙、梅、牡丹、千両、ゼラニウムは家内が作り、極楽鳥花は購入したものです。
CIMG9512.JPGCIMG9513.JPG

写真を撮ったあとに、先日天竜の「楽、館」(らくてんかん)に鑑賞に行った折に購入予約した絵を、ギャラリーのオーナーで描かれた佐々木雅弘さんが展示が終わったので届けてくれました。遠いところからわざわざ届けてくれて恐縮しました。
早速我が家の美術品の仲間入りしたので飾りました。
CIMG9522.JPGCIMG9523.JPGCIMG9526.JPG

一階の6畳の小部屋には椿の造花を飾りました。これも家内が作ったものです。
CIMG9516.JPG

二階のお座敷にはやはり家内が作った福寿草と購入したカトレアを飾りました。
CIMG9519.JPGCIMG9521.JPG

今までは家内が元気でしたので全ての部屋は生花を活けてもらっていましたが、亡くなって家内が作ってくれた造花が日の目を見ることが出来ました。
きっと天国で喜んでくれていることでしょう。

お正月は目が回るくらい予約が入っていますので今からとても緊張しています。
と言う訳で今年のブログは今日が最後です。
皆様この一年ご愛読いただきましてありがとうございました。

おかげ様で私のブログ「雲渓の独り言」がカテゴリー26万分の1000番程に入っています。全ての140万ブログの中でも4万位から10万位以内に入っています。皆様に愛読されていると思うと本当に嬉しいし感謝します。
また「夫婦で登る百名山ブログ」はカテゴリー18万中800位から1000位以内に入っています。140万ブログ中では3万位程に入っております。今年は11月初めに登山をして以来一度も登らなかったにもかかわらず多くの方に愛読されて本当に感謝致します。HPの方はブログに比べると読まれる方は少ないです。やはりブログの方が読みやすいのでしょうか。

今年は喪に服しておりますので年賀状は控えさしていただきますが、私たちも来年良い年でありたいと願います。
この一年本当にありがとうございました。皆様どうぞ良いお年をお迎えください。




posted by 雲渓 at 23:00| Comment(0) | 趣味の手作り品いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月31日

手作り干瓢のできるまでとNHKEテレ、他界考

NHKEテレで「日本人は何を考えてきたのか」シリーズが放送されています。第七回は民俗学者柳田國男と谷川健一の話を重松清さんが検証していくと言うものでした。

柳田國男は遠野物語などが有名ですが、その中の第99話を紹介していました

それは柳田國男が明治時代90年前の三陸の津波の後現地を訪れて、現実にあった話を蒐集した中に福二という男性の話のことを書いています。福二は妻と子供一人を津波で失いますが、ある夜男性と妻が幽霊になって現れます。好きな男がいながら福二を迎え入れねばならなかった妻と、遠野から婿養子に入った福二は常にその男を意識していたそうです。そして津波で流され好きな男と幽霊になって現れた妻に子供がいるのに行ってしまうのかと呼びかけるけど笑って去ってしまったそうです。

日頃から男を意識して妻に疑いを持ち続けていた福二はそのときに亡くなった妻を赦す気持ちになったそうです。そこで民俗学者は他界について語っています。他界は他の動物に無い人間だけの考えであるといっています。他界とは亡くなった人との和解と定義しています。そして死者が何時までも幸せであって欲しいと願う気持ちが他界だというのでした。亡くなっても何時までもそばにいて家族と共に居て幸せでいて欲しいという願いを他界といっています。

私も家内を亡くして死とは何かいつも考えさせられます。今も生きて私のそばにいてくれていると常に感じています。あの世で幸せにいて欲しいと願う日本人の死生観でしょうか。

そして福二に戻りますがあれから現在の子孫が20代のときに母親から自分の先祖の事がここに書かれていると遠野物語を差し出されたそうです。何故良いことでもないことが此処に載っているのかと当時はいやな気がしたそうです。

何故そんな事を取り上げたかと言うと遠野物語は昔話やフィクションではなく本当にあった話を聞いてそれを基に書き上げられた事を知った驚きから。

そして今回の大地震。福二の玄孫にあたるその男性も家と母親を流されお母さんは未だ行方不明だそうです。今は仮設住宅暮らしをしているその男性は行方不明のお母さんが少しでも幸せでいてと願っていました。
柳田國男や弟子の山口は明治の震災の後、低地に家を建てるなということも提唱したそうですが、中には高台しか家を建てなくて津波から難を逃れた部落もあったそうですが、多くは便利な海岸に家を建ててまた被害に会われた方があまりにも多く、過去の教訓になっていないことが現実です。
喉もと過ぎれば暑さ忘れると言う事がこれからは無いように願いたいです。

と言いながら我が家は浜松に住んで40年近く、海から3kmしか離れていなく、標高も3,4mしかありません。もし大津波が押し寄せたらひとたまりもありません。でも住んでしまったということから逃れません。困った困った、恐ろしい恐ろしいと言いながらもどうしようもないのが現実です。

これから被災地はどう復興していくのか、遠くを見据えて長い目で復興していかなければいけないでしょうね

話は変わりますが我が家で栽培した干瓢の第一弾ができました。

TCIMG8702.JPG花が咲く

UCIMG8658.JPG次第につるも伸びる
VCIMG8668.JPG実が大きくなってくる
WCIMG8706.JPG収穫
XCIMG8707.JPG切る
YCIMG8709.JPGむく
ZCIMG8712.JPG干す
[CIMG8741.JPG出来上がり

ほんの少しだけど出来上がりました。

ヨーグルトも自家製です。CIMG8716.JPG
良く煮沸した容器に人肌まで冷めた頃種菌を写真のように入れます。
そして成分無調整の牛乳を口のところまで入れます。
煮沸したスプーンで良く混ぜ夏は早くに固まりますが固まるまで常温にして固まったら冷蔵庫に保存します。

容器を煮沸したお湯でプーアル茶も自家製で作ります。約1Lペットボトル7本ほど作ります。
CIMG8718.JPG
posted by 雲渓 at 17:22| Comment(1) | 趣味の手作り品いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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