2013年03月13日

貴巳代の命日と東日本大震災

今日は最愛の妻貴巳代の命日。貴巳代が亡くなって一年がとても長く感じた。こんなに長く感じた年は無かった。毎日毎日貴巳代のことを思わない日がなかった。当たり前の事だけど。

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貴巳代の名古屋の短大時代の同級生から命日に間に合うように届いたお花。

一昨日、東日本大震災の二周年を迎えてTVは連日復興関連番組をやっていた。昨年も一周年を家内が亡くなる前に迎えたのだけどあまり印象に残っていない。貴巳代がその時はいよいよ弱ってそれどころではなかった。貴巳代が亡くなる二日前に震災の1周年があって、毎年これから記念の行事があるだろうから私も貴巳代の命日はどんな事があっても忘れる事は無いだろう。

今日は我が家の花を望遠で背景をぼかして撮った。
DSC02252.JPGDSC02255.JPGDSC02289.JPGひな菊

思えばリーマンショックからようやく立ち直ってこれからと言う時に、貴巳代の末期癌が宣告されて手術がとりあえず成功した。余命は1年も無いと言われたけれどとにかく元気なうちに思い出作りをしようと2月に北海道の流氷見物。そして台湾旅行を予約して準備をしている矢先に東日本大震災が起きて、未曾有の大災害になってしまった。順調だった商売もあおりを食ってリーマンショック当時への逆戻り。

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予約をしていたから台湾旅行は出かけたけど、台湾の方々の震災への援助は大変なものだった。だからたまたま台湾へ行ったのだけど本当に台湾の人々には感謝でいっぱいだった。そして行って本当に良かった。

それから中国地方旅行や、上海旅行、北京旅行などいっぱいいっぱい思い出作りができた。私たちは結婚10周年にはハワイに行ったり、登山で日本中を巡ったり旅行も随分してきたが、唯一つ残念なのは結婚する時の約束でクイーンエリザベス号で世界一周旅行を果たせなかった事だ。商売している都合で時間が取れないのでリタイヤしてからと言う事で計画しなかったが、貴巳代が亡くなると分かっていたら行っていたものを。

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それでも念願のヒマラヤに行けてエベレストも見ることが出来、『こんな景色を見たのでいつ死んでもいいわ』と満足してくれていた。そしてその年の秋にスキルス胃癌になってしまった。まるで運命を知っていたかのように。貴巳代には旅行だけでなく着物や宝石類などいっぱい買ってやる事が出来た。でも死んでしまったらただの遺物。悲しみのまま和ダンス二竿に入ったままだ。一年経っても誰もさわる事もしないでそっとしたままだ。普通は形見分けというのをするのだろうけどとてもさわる気持ちにはならない。家族の誰もがそっとしたままだ。ただ茶道具だけは孫がお茶を点ててくれるのでたまに使うこともある。

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これから私はどうやって生きていけばよいのだろうか。貴巳代に笑われないように恥ずかしくない生き方をしなければあの世に行って叱られる事だろう。貴巳代は死ぬ前に好きな人が出来たら私に遠慮しなくていいからねと言っていた。そんな人が現れるものかと返事をした。本当にそう思う。貴巳代のような素晴らしい女性は二度と現れないことだろう。

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東日本大震災から二年。何とか店もやって行けていてリーマンショック以前には程遠いながら家族力を合わせて頑張っている事をご報告します。先週から新しいアルバイトの新大学生も入ってくれたから、私の自由時間がもっと増える事かも。

DSC02323.JPGDSC02324.JPGDSC02317.JPGDSC02273.JPGDSC02337.JPGおなじみのホトケノザ

DSC02325.JPGDSC02328.JPGDSC02330.JPGリュウキンカ

DSC02332.JPGDSC02333.JPGユキヤナギ

DSC02334.JPGフクリンヅル
DSC02340.JPGラッパ水仙

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今日は早仕舞いしてある和食料理店に行って貴巳代を偲ぶ会を家族でやってきます











posted by 雲渓 at 17:50| Comment(0) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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